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2026/06/15  [PR]
 

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〈ニジンスキーについてのメモ〉

ニジンスキーは、かつての彼の愛人でもあり劇作家の男ディアギレフへの手紙で「ふざけるために手紙を書いているんじゃない。泣くために書いているんだ。」と言った。彼の残した手記には、書きながら何度も泣いていることが明らかにさらけだされているし、泣いたことをありのままに書き残してもいる。それは数えきれないほどであり、つまり、あの膨大な手記じたいが、何者かへ宛てられた〈手紙〉だったのかもしれない。

彼の手記を読み、好奇のまなざしで腹の底では馬鹿にすることも、神がかりな不世出の天才として崇拝することも、等しく不毛だ。
唯一、ニジンスキーが孤独の生涯を賭けてなしとげたことは、彼が最後まで彼自身でありつづけたということだ。彼が自ら言うように、ほんとうに神であったかも、自分は「狂人ではない」といったことがすでに病に侵されていたかどうかも問題ではない。

彼は神であると同時に狂人であり、また神ではなく、狂人でもなかった。
常にその狭間の世界でたったひとり苦しみ、泣き、生き続けた「ひとりの人間」だった。

ニジンスキーが手記を書き始めたのは、研究者の間で「神との結婚」と呼ばれているものを踊りだしたときだった。

『…ニジンスキーは妻に「きょう、私は神と結婚する」と告げた。ニジンスキーは白いだぶだぶのパジャマのような衣装を着て、二百人近くの観客の前に姿を現した。音楽が始まっても、彼は舞台の中央の椅子に腰かけたまま、じっと観客のほうを見つめていた。まだ「暗黒舞踏」を知るはずもない観客はそれをどう解釈したらいいかわからずに当惑した。妻が駆け寄って「何かみんなの知っている曲を踊って下さい」と頼むと、ニジンスキーは激怒して「うるさい、あっちへ行ってろ!」と怒鳴った。そしてゆっくりと両腕を頭上まであげ、突然力が抜けたかのようにその両腕をだらりと垂らした。観客は騒ぎだし、席を立った者もいた。そこでニジンスキーは滑稽な踊りを始めたが、やがて、白と黒の長い布で舞台上に大きな十字架をつくり、その頂点にあたる場所に立ち、戦争で失われた生命について説教を始めた。そして「これから戦争の踊りを踊ります」と言って、何かにとりつかれたように激しく踊り、伝説的な跳躍を見せた。彼は凄まじい形相をして、疲労困憊するまで踊り続けた。


この「神との結婚」の踊りを最後に、彼はいっさい踊ることをやめる。それからの人生はほとんどすべてが「手記」に費やされた。
彼が周囲に「発狂」したと言われているのは、ここからだ。

けれどもニジンスキーは、そのようにして書かれた自らの手記を、だれにも読ませることはなかった。(生きている間に出版したいと考えてはいたが、実現しなかった)

彼の妻であるロモラはハンガリー人であり、ニジンスキーは手記を母国語のロシア語で書いた。彼女は死の直前まで、ニジンスキーの手記に何が書かれているのか知りたがり、ときおり覗き見たりもしたようだが、書かれている文字を理解することができなかった。それでもニジンスキーは彼女への愛や不信を、ありったけの力でそのなかに書き残していた。けれども、ロモラはそれを読むことができなかった。ニジンスキーは本人が言うように、極めて理性的な人間だったと思う。彼は他人に贈るべき言葉と隠さねばならない言葉の重みのちがいを理解していた。けれどもそれらはすべてが「ふざける」ためでなく、「泣く」ために書かれていた。

だれもがそうすべきだとは言わないが、自分が「泣くため」に書かれた言葉はおそらくこの世でもっとも神聖なものだと思う。それはだれかをひとりきりで泣かすために書かれるのではない。もしもそれでぼくらが泣いたなら、ぼくらは彼とともに泣いているのだ。

『涙をぬぐって、書きつづけよう。私は声に出しては泣かないから、他の部屋からは聞こえないだろう。私は誰の邪魔にもならないように泣く。…(中略)私は涙を知らない。私が欲しいのは…』



(『』部引用はすべて『ニジンスキーの手記』完全版 ヴァーツラフ・ニジンスキー著 鈴木 晶訳 新書館より)
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2009/05/22  転身
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近く引っ越しのため、汚れまくった部屋の片づけに追われています。
いつもぎりぎりのところまで追いつめられないと何を捨ててよいのかすらわからない。もちろんはじめてここに越してきたとき、部屋はとてもきれいだった。いまでは段ボールや紙くずやらのごみと大切なものの区別もつかない。ふだんからこれだけは手放せぬと思っていた本やレコードなんかも、ほんとうのところ、どうなんだろうね?なにもなければないで、案外大丈夫なものかもしれない。でも、はじめから何もなかったら、また何かをほしがっただろう。そんなふうに思うと、ものはいつか手放すためにここにあるのかしらという気がしてくる。

結局、何がほんとうに必要か、選ぶことに苦労するよりも、いつも選ばずにすむやり方を選ぶから、引っ越しのたびに残るものはだいたい決まってくる。日が迫ってぎりぎりになれば、直感的にとにかくひたすら捨てまくり、うっかり捨ててしまったものに後悔などする暇もなく、捨てたのならば、もうないのだから、後悔するのはそれがないことに気がつくときだけ、ほんとうに必要がなかったらなくしたことにも気づかないだろう。


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このことは、前の晩に夢で待ち合わせした老人に聞いてはじめて知ったことなのだが、何かを「買うため」にではなく、どうやらそれを「売るため」に造られていた通貨というものがどこかの国にあったらしい。

例えばもし仮に、今まさにその通貨を売ろうとしている者が農民であったなら、精魂こめて丹念に時間をかけて作り上げた彼のトマトや林檎が見事に実ったときは、そのできばえに見合った額を自分で決めて、その作物とともにそれを食べてもらいたいひとに支払うという。

それが絵を描く者であったなら、その絵の価値に見合った額とともに、家の玄関や寝室に飾って眺めてほしい者に差し上げる。

こうしてすべての人間は、あるときひょんなことから素晴らしい一枚の絵画や作物とともに一定のお金を得ることがあり、そうすることで彼らは、また別のだれかに同じようにそうしてやることができるようになるというわけだ。

それでは、彼らが差し出したお金の代わりにいったい何を買っているのかとわたしが老人に尋ねると、彼らは「やがていつか自分のところにやってくる恵みへの「期待」を買っている」のだという。そういって、老人は風変わりな模様の入った一枚の銀貨をわたしにくれた。「どうだ、面白い話だったろう?」

鳥の鳴き声で目が覚めて、わたしはいま観た夢のことをわすれずに紙に書こうと手を開いた。そこには古びた一枚の銀貨が握られていた。

さて、わたしは今日、これでだれに何を差しだすことができるだろう?
窓を開けるとあたたかい風が吹きこんで、今日はよい日になりそうな予感がした。
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 「たといそれらのうちで最も望まれていたものが実現されるとしても、残りのものは犠牲にされねばならず、したがってわれわれは多くのものを失ってしまうこ とになるだろう。それでも、無限の可能性でふくれ上がった未来の観念は、未来そのものよりもいっそう豊かであり、そしてこれこそ、所有よりも希望に、現実 よりも夢に、よりいっそうの魅力が見いだされる理由である。」

ベルクソン 『時間と自由』ー「深い感情」より




原 将人『マテリアル&メモリーズ』
http://www.co2ex.org/2009jyouei/tokubetsu.html#05

過去の上映
http://old02.n-eigajyuku.com/cinebang/cinevan000701.htm
(新潟で行われた映画祭)

先日は梅田に原 将人『マテリアル&メモリーズ』を観にいくことができた。
長いこと噂でしか聞くことができずに半ば伝説と化していた彼の作品上映を、まさか大阪で観ることができるようになるとは夢にも思っていなかった。
今回の上映を企画し、見事に成功させたCO2の方々にここで感謝したい。
ありがとうございました。

自分にとって特別な意味をもつ監督の、ほんとうに、まったく長いこと待ちわびていた上映会だっただけに、まるでその「待っている」時間すら彼の映 画の一部分であったかのような錯覚をおこすほど、まちがいなくここ数年でもっとも衝撃をうけた、おどろくほど自由でエモーショナルな映画的時間の体験だっ た。

けれどもほとんどこの「時間」を語るための言葉が、いまもって自分のなかに見当たらない。まるで、彼の頭の内部にひらかれた映画館の客席で、彼自 身が何度も見続けているだろう夢のような記憶のフラグメンツをともに見守っているような感覚だ。映し出されるイメージに合わせてピアノを弾きながら、とき おり思いついたように歌い、しゃべる原監督の口調はときにたどたどしく、ときに涙で声がつまって、まるで、たったいま話しながらそこに映された日のことを 思い出したかのようだ。まるで、この空間全体があの日の記憶にすっぽりと入り込んでしまったかのようだ。やがてそこに映し出されたものが、自分自身の記憶 であったかのような気がしはじめた。いや、正確にはそうではない。とてもよく似た風景や、あの光のことを、ぼくたちもきっとこれまでに見てきたのだ。あれ が、もしかしたらいつかのぼくら自身の記憶でないと、だれが言いきれるだろう?ここに光はひらかれている。光を見つめるぼくたちそれぞれにひらかれてい る。それにしても、なんという懐かしさなのだろう、なんというあたたかなまなざしなのだろう。

こんなことは、これまで観てきたどんな映画にも感じたことのない印象であり、まったくオリジナルな時間としかいいようがない。気がつくと涙でかす んだスクリーンの光はすこしずつ弱まり、消えかかっていて、「ああ、もう映画は終わってしまうんだな」という思いがこみ上げてきて胸がいっぱいになった。
誤解をおそれずに言えば、この映画のまえですべての映画は、自らのその実験性を問い直さずにはいられないだろう。けれども、それはまぎれもなく映画という表現の可能性をめぐる、ひとつの希望なのだと思う。



開演とともに、ベルクソンの『物質と記憶』から今回の作品のタイトルをひらめいたことを明かしながらドゥルーズの『シネマ1・2』を引用した原監 督は、しかしそれを評論家の難解な表現論によるものとしてではなく、むしろすでにして自らが撮ってしまった一連の作品における理解を客観的に深め考察する ためのものだったように思われた。

彼は「現在の映画は、逆らうことのできない単一の時間の流れに支配されていて、ぼくらのイメージはそのなかで本来の自由さを失っている」という。 「三つのスクリーン」はそのためにあり、そこに映し出された映像は「ひらかれたイメージ」として観るものに受け止められるはずだと話してくれた。

今回の上映をきっかけに、『マテリアル&メモリーズ』をひっさげて、原将人は全国を巡回するつもりだという。映画の内容のついて、詳しいことはここでは何も語らない。語れることなど、ほんとうは何もない。
ただ、それぞれの足でそこへ行き、その目でそれを観てほしい。


映画とともに歌われている音楽がCDで出版された。
これだけでもまったく別の価値をもつだろう奇盤である。


http://bp.cocolog-nifty.com/bp/2006/05/_towerjp_1785.html

映画+小説 『初国知所之天皇』 はつくにしらすめらみこと
http://page16.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u25285713

オークションで発見。
『初国』のシナリオとしても読むことができる。絶版で数も少ないが、まだ見ぬイメージへのあこがれに満ち満ちていて、勇気づけられる。






以下は自分のためのメモなので読まなくてもいいです。


いかなる概念にも先行して、物質としての「フィルム」がまずここにあるということ。そしてそれが、過去の自分が未来に向けて残した現在の記憶であり、同時にあらゆる未来の思考を待ち受けて、絶えず待機し続けている不断に持続された時間をその内部に保有していること。

意識上に漂流する直接的な記憶ではなく、外部に転写された物質としてのフィルムは、様々な外的時間の変化にさらされながら、痛み、傷つき、ある場 合には損失されるだろう。けれどもそこには、決して損なわれることのない何かが隠されていて、逆説的にそれこそがぼくたちの生存にとって、もっとも大切な
ものが何であるのかを明らかにする。そうすること以外にはいかようにも考えることのできない対象としての、ぼくたち自身の記憶の正体をめぐる秘 密が、そこには隠されている。過去。決して変わるはずのない、しかし、変わりうる可能性を無限にはらんだ希望としての未来を創造する、過去。
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